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延命治療

 投稿者:H・F  投稿日:2016年 6月29日(水)17時03分34秒
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  梅雨明けが待ち遠しい。収穫時期を4期に分けて栽培した1期目のトウモロコシの収穫中。朝どりをその日に賞味するせいか、甘いといって孫たちに好評。新じゃがも美味だろう。

こちらもそろそろ人生終末期の点滴や胃ろうなどの延命治療を辞退する意思表示をしておかねば…と思っている。
「死期」の判断は難しいだろうが、口から食べることができない、本人に食べようという意識がなくなった時点を「死期」と判断してくれるよう求めたいと思っている。

母は90歳の父が人工呼吸器をつけられ苦しむ姿を見、自力呼吸ができるようになってからも、人工呼吸器が長く装着されていたせいか、誤嚥が続き口からは何も呑み込めず、点滴のみで2か月間寝たきりの状態でやせ細り、死を迎えた姿を見てきた。

そのせいか母は、高齢の身でこれからどんな病気に罹ろうとも、老衰によって飲食ができなくなろうとも、点滴や胃ろうなど医療による治療は一切しないで、静かに死を迎えたいとの思いが強く、身内の我々にその思いを伝え、自らその願いを書き留めている。

ただ現在、末期がんの患者を看取る緩和ケア施設はあるけれども、医療行為をしないで自然死を看取る施設が少ない。
医療には、命を救う使命と共に、命の自然な最期を支えるという、もう一つの大切な役割があるはずながら、現在の終末期医療にはその役割が欠けているように思う。
高齢の母ゆえに、そう遠くなく最期の時を迎えることになろうと思う。
その時に本人の願う終焉の形が尊重されれば、子供としてどんなに安らかに看取り、送ることができるだろうかと、そんなことを思っている。

今、現在、我々の望まない「胃ろう」で生きている、同期の友人のことを思うとたまらなく切なくなる。
 
 
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